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札幌家庭裁判所 昭和41年(家イ)489号 審判

申立人 松岡恵美(仮名) 外一名

相手方 松岡蔵由(仮名)

主文

申立人恵美が相手方の嫡出子であることを否認する。

申立人玉緒と相手方間に、親子関係が存在しないことを確認する。

理由

申立人らは、主文同旨の調停を求めたがその理由の要旨は「申立人らの母藤山フミ(以下フミという)は昭和一一年頃、相手方と同棲するに至ったが昭和二二年頃一旦別居し再び同居を始めた際の昭和二四年四月七日、始めて婚姻の届出をした。しかし、相手方とフミは間もなく離別し、同年八月頃からはフミは申立外藤山久徳(以下藤山という)と同棲生活をはじめ、申立人らを藤山により身ごもった。しかし、フミと相手方との協議離婚は、昭和二八年六月三〇日にようやく成立し届出られたため、フミが藤山との婚姻成立後申立人らの出生届をなしたにもかかわらず、申立人らは相手方の嫡出子としてその戸籍に記載されるに至った。そして、相手方の所在は長らく判明しなかったがこの度突きとめることができたので本申立に及んだ。」というものである。

そして、当裁判所の昭和四一年八月九日午後二時の調停期日において当事者間に主文同旨の合意が成立し、その原因事実についても争いがない。

そこで、当裁判所が必要な事実を調査したところ、フミおよび各当事者の戸籍謄本、相手方の原戸籍謄本、家庭裁判所調査官林有作成の調査報告書およびフミと相手方の各審問の結果によると、次のような事実が認められる。

相手方とフミは、昭和一一年頃から同棲し昭和二四年四月七日婚姻の届出をなしたが、とかく相手方に横暴な行為が多く、フミはこれを耐え忍んでいた。その頃フミと相手方は札幌市内で同居していたが、出入りしていた藤山はフミに同情し、相手方が山形県温海警察署員に任意同行を求められ取調べを受けたため札幌市内の住居を留守にした同年八月一日頃から同月二〇日頃の間に、フミと肉体関係を結び懐妊させ、その結果昭和二五年五月五日申立人恵美が出生した。フミと相手方間には長期の内縁関係にも拘わらず子供はなく、また同申立入の受胎可能期間はもちろんその相当以前から肉体関係はなかった。ところで、相手方は昭和二四年八月二〇日頃山形県温海から帰宅後しばらくフミと同居したが、同女と藤山との関係に気付き、同年九月頃、同女を同居先から追い出した。同フミはその直後頃から、藤山と同棲し同人によって懐妊した申立人玉緒を昭和二七年一〇月二日出産し、昭和二八年六月三〇日相手方と協議離婚が成立した。そしてフミは昭和三六年八月三〇日申立外藤山と婚姻の届出をなし、その後になって父を藤山とする出生届をなし、これがそのまま受理されたものと信じていたところ、後日申立人らが相手方の子としてその戸籍に記載されている事実を発見し、訂正の方策を探したが、相手方の所在が判明しなかつたため、本件申立が遅延した事情にある。

以上の認定事実からすると、申立人らと相手方間に親子関係は存在しないと認められる。

そこで本件調停の適法性につき検討を加えると、前述の認定事実からすると申立人恵美についてその出産が特に予定日からはずれたことを推定させる証拠はないから、フミと相手方との婚姻および同居期間中の昭和二四年八月二〇日頃に懐胎されたものと推定され、したがって民法七七二条一項の嫡出推定を受け、これを破るには嫡出否認の訴え又は審判による外はない。そして、同訴訟における原告適格は夫にあるが、家事審判法二三条の審判においては、いわば人事訴訟手続の簡易化とも言うべき性格を有するから、手続の厳格性を強く要求するべきではなく、民法および人事訴訟手続法の規定が確保しようとする種々の法益利益が一応実質上維持できる限り、これらに反するとしても同審判が無効となるものではないと解せられる。嫡出否認の訴えの原告適格が夫にあるのは、家庭の平和維持と真実の血縁関係を明らかにするとの二個の要求の対立の克服方法として、否認権の行使を夫のみに許した訳である。本件は嫡出否認の調停が子から申立てられているけれども、当事者間にその旨の合意が成立し、更に夫である相手方が本件手続によって血縁関係不存在の真実を明らかにすることを希望する意思を表示しているのであるから否認権と原告適格を夫のみに認めようとする民法および人事訴訟法の目的は一応実現されており、これを夫が調停の申立をした場合と区別する実益もなくこれに応じて嫡出否認の審判をなしてなんら差し障りはないと解される。

そこで、次に、本件調停申立が嫡出否認の訴えの出訴期間内であるかが問題となるが、民法七七七条の「夫が子の出生を知った時」とは、単に夫が妻が出産した事実を知るのみならず、出生日が夫婦の同居期間或いは婚姻の解消後三〇〇日以内であって嫡出推定を受ける関係にあることをも知った時を意味すると解すべきである。けだし嫡出子の否認権は夫にあり夫の自由意思ないしは利益が重視されていると見られるところ、夫が妻の出産の事実を知ったときから出訴期間の進行を認めると、夫が妻の出産した子が自己の嫡出子ではないことに一抹の疑問も抱かずかつ嫡出推定を受けるならばこれを否認する意思を有していながらたまたま夫婦の婚姻又は同居解消後三〇〇日以内に出生した子であることを知らなかった為嫡出否認の機会を失うことになり極めて不合理であるからである。これを本件について見ると、相手方の審問の結果によると、相手方はフミと離別後同女が子供を出産した事はうすうす知っていたが、申立人恵美が相手方の嫡出子としてその戸籍に記載されていることは、本件の調査時に当庁家庭裁判所調査官から知らされるまで全く知らなかったことが明らかである。してみると、相手方から嫡出否認の意思表示がなされた本件調停期日までに一年を経過していないから、本件調停申立にもとづき嫡出否認の審判をすることは民法七七七条に反するものではなく適法と言わねばならない。

以上のところからすると、本件につき当事者間に成立した主文同旨の合意は正当と認められるので、家事審判法二三条を適用し、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野田殷稔)

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